かつてブログであったトコロ。

音楽制作集団emotionarhythmの下地鶏のブログのはず…?w

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2014.04.18 Friday

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2009.01.12 Monday

化学…orz

 変換も化学とすんなり出てくるようになっちゃった。
ちょっと前まで科学だったのにね。(ホロリ


過ちってのは認めたくないものです。
終わったときマークの番号が一つずれてたとか、これ最悪。
誤ってるモノを選べなのに、「1番から正解じゃん、jk」とか早まったりな。


シュバルツシルト半径をそらんずるぞ~ww
とか勇んでたあのころが懐かしい…


おそらくこの回が山場。
いわゆる酸化還元ってやつ。


Caution
真偽のほどは知りません。
笑ってくれてかまわんよ。











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2009.01.12 Monday

化学なんだぉ…

 タイトルから嫌々感が出てる?

うーん、当たらずしも遠からじ。
正解は
「なんで今の時期これやって『へぇ』って言葉が出てくるんだろう」
という自分に対する嫌悪感がにじみ出ている。
でしたw

いやーまいったねーまいったねー
なにがまいったんだろうねww


なにやらソマリア沖のほうも楽しげな感じになってきましたね。
自衛官に逮捕権がないから海上保安官を乗せちゃうんですか。
実際護衛艦が付近にいればその心配もないだろうとか言ってますけど、
最近の武装組織を甘く見てないかい?
まぁ、あちらとしても相当日本に対して恨みとかがなければハイリスク割にローリターンだから、
その通りにはなるでしょうけど。
日本法の適応についてはその場で!?じゃぁあれか、「どうせ捕まるなら刑罰の緩い日本がいい!」とかってあるかと思ったら、日本に連れ帰って追訴なんですってね。
よかったよかった。そんなとこで中国艦とかともめるんじゃね?なんて思ってたよ某。



あ、ちがうちがう。


caution
もはや独りよがり。
一応こうのん以外が見ても大丈夫な感じだとは思います。











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2009.01.11 Sunday

化学なんだお

 パワーマックスレポートは大して取れなかった。
なんてこったい。

世界史の課題もまだやってなぁ〜な。
…ドしよw


caution
真偽のほどが解らない某の化学のノート的なもの。
それでも構わずニヤニヤできる方はどうぞ。











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2009.01.11 Sunday

逆転の発想で化学やってみる。

 仲良くしてくださっていた方々も流石に「やばいんじゃないか、コイツ」となってきた感がすごい漂っています。大正解です。

そこでですね、御隠居の
「あまり投稿があると不安」をヒントに、

あ、じゃぁ打ちこんで覚えてるやつをここに書けばいいじゃないか。

と思ったので。
思い立ったので今後はここに投下します(迷惑

いろいろ混ざってても、あれです、
某の構成材質です。

(基本骨子が解明できてもトレースはオフの方向で。
ミスがあってもニヤニヤ笑って訂正するか、
バカだ…もうどうしようもないorz とスルーでww

では、恐らく化学です。


caution
真偽のほどはわかりかねるんだ。すまない。
自分を信じる時期じゃないかな。
良かれ悪かれ…orz

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2008.09.06 Saturday

夏のおもひで、ハイドロサルファイトナトリウム

過マンガン酸カリウム.jpg
誰だ、秋が近いとか言ってた奴は。
全く涼しくならないじゃないか…

つか蒸し暑くなる一方じゃないか…
何とかならんかね、この湿気は。

さて、明日から二日間模試でござる。
しかも筆記でござる。

オワタな…orz






今日は珍しいことをした。

化学実験室を貸していただき、実験をしてみたのだ。
企画そのものは先週脳内構築していたが、補習があって1日8コマとなった今、なかなかできそうに無かったので、今日補習が潰れたことは非常に良い出来事であった。

さて、では何をしたかといえば、

1,過マンガン酸カリウムと塩酸の反応による塩素の発生の観察。

2,塩素の脱色作用(還元反応)を観察し、過酸化水素水による酸化で色が戻るかを調べる。
(観察対象:ネギ、ヨウ化カリウムデンプン紙、色紙)

3,酸化銅の塩素による還元反応の観察。


予想:
塩素はすぐに発生し、脱色作用を示す。
二酸化硫黄による脱色を行った場合、酸化させることで色が戻るため、塩素の場合も戻るのではないか。


結果:
反応の速度は早いとは言い難いが、塩素の発生をその分しっかりと観察できた。

脱色作用の効果は非常に強く、薄い紙はすぐに脱色された。
ネギは脱色まで時間を要したが、一カ所脱色が始まれば全体の脱色まではさほど時間はかからなかった。

色紙は過酸化水素水を滴下し酸化させることで色が戻ったが、ネギは変化が無く白いままであった。
塩素によるネギの脱色では色が戻らないのか、実験が失敗であったかは定かではない。

銅の熱し方が足りず何回か操作を繰り返したところ、反応はさほど起こらなかった。
ゴム栓を開けたため、発生装置内に塩素が反応に必要な分発生しなかったのではないだろうか。


反省:
実験に取りかかるまで何を用いて塩素を発生させるか、器具はどうするのか、と時間が予想外にかかってしまってしまった。

ドラフトの窓?を上げ過ぎていたため、酸化銅の還元で室内に白煙を入れてしまった。

チオ硫酸ナトリウム水溶液で反応を停止させるまで少し間を開けてしまい、塩素臭を室内に導いてしまった。

実験器具を洗いきれなかった。




楽しかったぁ!
こいつぁすげぇや!
よもやここまで満たされた気分になるとはww

まぁ…欲求が満たされたのだからそれはそうかww

しかし塩素と言えば毒ガスである。
実験室を使わせてくれた(更に言えば監督、実験器具の用意、材料の用意までやってくれた)優しき二人の教師に感謝である。
予想外に長い時間かかったと言うことは、先生方もそれだけ拘束してしまった訳で…
本当に先生方には申し訳なかった。

それでもこの知的欲求(ネギの色抜きがのww)が満たされる快感には適わず、

ティバと
「これはもう毎月やるしかねぇな!」
とか盛り上がっていたのだが、
「暇つぶしに毎月つき合わされるんですか!?」
とはやすこちゃんの言葉である。
無論、先生方には悪いという自覚はある。
だが…( ̄ー ̄)




まず実験前に、
ホントに過マンガン酸カリウムでやるの?
とか
ドラフトは機能するの?とか楽しい会話が展開された。

問題はこうだ、
過マンガン酸カリウムから発生させた経験がない

耐震補強工事で排気扇が閉じられてると、塩素逆流みんなあぼーん。

てなところ。

相変わらず何がしたいんだか。

君のカメラが震える時は興奮状態の証。

もしものときは救急車呼んであげる。
あと気が向いたら延命措置もしてあげる。

苦しくなったら動画で記録してニコ○コにうpするから。

毛を脱色死体なら基本全裸だよね。

私は氏にたくないので隣の部屋から見てます。

行くよ!ってあっち逝く宣言かい?


なんて話の中で実験は進む…

くっ…少し、肺に入った…
(元ネタ大丈夫だよね!?)

確かに苦しい。
ドイツ軍はなかなか恐ろしいものをフランスに味わわせたものだな…

呼吸、つまり吐くことも吸うこともできない。
と言う説明を若干体感ww

そして気が付けば
ネギなんてもうネギじゃないww

ぐったりとしてシャキッと感ゼロ。
むしろ緑色であったなんて信じられない白骨化。
あなたは誰ですかww

そして実験最終段階。
過酸化水素水の登場。
あ、オキシドールというべき…?
わからんからいいかww


ぶっかける。


ワクワク










かわらねぇ…orz

畜生…色戻ったら先生とか後輩とか気にせずミックミクしようとおもっ(ry

え、其れが目的だっただろう?
そんなそんな…
知的欲求ってやつですよww

結果的には失敗かも知れないが、コレでまた謎ができた。
大学にいったら解けるだろうか?

なぜ二酸化硫黄で脱色したものは酸化で色が戻るのに、塩素はダメ?
もとい、塩素で脱色した色紙は色が戻った。

だが、諸君らが愛してくれた万能ネギは死んだ! 何故だっ!


おいといて、
この後銅線を熱して(炎色反応)
塩素に突っ込み、予想外の小規模エクスプロージョン。

がさわらさんもやってきたりして、
ニトログルコースニトロセルロースの燃焼なんかも見れたし大収穫ww

心残りは塩素中にアンチモンをぶち込んで…いやなんでもないです。


何はともあれ、


塩素の毒性はガチ。

学校にドラフトは安全に使用できます。

結構炎色反応は激しいですね。




いやぁ…死亡状況がニコ厨に晒されなくて良かったww
いや、そんなんあったら速攻でマイリ(ry

2008.05.17 Saturday

世界史:清

〜中国統一〜
は1616年に建った女真族の王朝。
建国者はヌルハチで当時は後金(アイシン)
1636年第二代太宗(ホンタイジ)が国号をと改めた。

第三代順治帝の時代に李自成らの反乱によって倒れ、山海関呉三桂が招き入れたことを期に中国本土を平定。北京へ遷都した。
北京は元(大都)・明・清と三代続く都となり、現中華人民共和国の首都でもある。
呉三桂はこの時の功績から雲南の藩王に封ぜられた。

明が倒れ、清が台頭したことに反発した鄭成功は、オランダ人を駆逐して台湾を本拠地に鄭氏台湾を築き明の復活に努めた。
この働きに対し、南明の王から「珠(王家の苗字)」を与えられ、国姓爺と称された。

第四代康煕帝は中国史上第一の名君とうたわれる。
康煕帝の抑圧策に反発した呉三桂ら藩王の起こした1673年の三藩の乱の平定、
三藩の乱に乗じて本土入りした鄭氏征討による中国統一の完成、
南下してきたロシアのピョートル一世アルグン山・外興安嶺を境界とする国境確定条約であるネルチンスク条約の締結、
「康煕字典」「古今図書集成」の編纂などを行った。

第五代雍正帝は、八旗制を改革し、軍事・政治最高機関軍機処を創設。
1724年にキリスト教布教を禁止、27年にはロシアとキャフタ条約を締結している。
また、彼の代に丁税(人頭税)を地税に組み込み一括で銀納する地丁銀制が完成し、一条鞭法での人頭税が消滅した。

さらに、漢人に服従の証として辮髪を強制したり、
反清的な思想を弾圧する文字の獄・禁書が激しく行われた。

第六代乾隆帝、康煕帝・雍正帝に続く最盛期を現出。
オイラトの一部族であるジュンガル部と、回部(ウイグル人)新疆として征服。
清朝の最大版図を実現した。
これら清に支配された地域(藩部)を治めるための理藩院も整備された。
また、「四庫全書」の編纂事業も行った。


〜清代の文化〜
外交貿易の統制のため、外国人は広州一港でのみ交易可能で、さらに商品の買い付けは特許商人である公行(コホン)としか行えなかった。
(これはアヘン戦争の後、南京条約で撤廃された)

また、海禁策中にも海外に移住する者が広東・福建に多かった。
彼らは南洋華僑と呼ばれた。

儒学にも進展が見られ、確実な文献に典拠を求める実証的な学問、考証学が起こり、洪宗羲・顧炎武・王夫之らが率いた。

さらに、考証学よりも実践的な、春秋の公洋伝を正統とする学問、公洋学も起こった。

貴族の家庭の栄枯盛衰を描いた「紅楼夢」や、科挙を風刺し、官吏の腐敗を暴いた「儒林外史」が流行った。

2008.05.17 Saturday

世界史:明

は中国史上唯一、江南から発展し中国統一を成し遂げた王朝。
元末に起こった紅巾の乱のなか、珠元璋が台頭し1368年南京を都に建国。
皇帝一代につき一元号とする、一世一元の制をとる。

洪武帝(珠元璋)は、中書省を廃止し、六部(唐代に制定された吏部・戸部・工部・兵部・刑部・礼部の六つの行政機関)を直属とした。
法としては「明律」「明令」を公布した。

軍政は五軍都督府を最高とし、軍籍に入れられた家、軍戸に兵役を課す、兵農一致の衛所制をとった。
農村統治には里甲制をとり、戸籍簿・租税台帳である賦役黄冊、土地台帳である魚鱗図冊を作成した。
里甲制のもとで里老人とされた者は六諭(「父母に孝順なれ、長上を尊敬せよ、郷里に和睦せよ、子孫を教訓せよ、各々生理に安んぜよ、非為をするなかれ」の六カ条)を説く役を負った。
これは儒学のもとで権力・秩序に従順な民衆を教育しようとしたものである。

明朝第二代皇帝建文帝は、一族・諸王からの領地の没収を強行したため、靖難の役を招き、この中で行方不明となった。
靖難の役を起こしたおじの永楽帝は南京で即位したが、儒学を大事にする中、身内に対して乱を起こして即位したことで部下からの風当たりが悪く宦官を重用、北京への遷都を行った。
これは、
「タラちゃん」が皇帝位を得たが、「カツオ」「ワカメ」が横暴なので部屋を没収したところ、キレた「カツオ」が「タラ」に対して反乱を起こし皇帝位を奪取。
しかし、儒学で育った「ナカジマ」が冷たくなったので、切り捨てて転校した。
ような感じである。

永楽帝はその後、内閣大学士を設置して政治を安定化させ、
人気取りのために自らが前線に出る親政をモンゴルに対して行った。
また、自らに対し部下が反乱するのを避けるため、「永楽大典」「四書大全」「五経大全」「性理大全」の編纂を命じ、忙殺した。

鄭和はイスラーム教徒の宦官で、大船団を率いて南海諸国遠征を行い、朝貢を促した。
しかし、倭寇による海賊行為の横行を防ぎ、貿易の統制をとるためにとられた海禁なども行われた。
また、明に追いやられた元はオイラトエセン=ハンのもとで統一、1449年土木の変を起こし第六代正統帝を捕えたり、
タタール(韃靼)アルタン=ハン(オイラトを滅ぼし、チベット仏教に帰依して、その指動者にダライ=ラマの称号を献じた)による侵入で明を苦しめた。
この南方では倭寇が、北方ではオイラト・タタールが明を苦しめたことを北虜南倭という。

第十四代万歴帝の時代には、東林派・非東林派東林書院に属すか否か)による党争が起こり政治が乱れた。
内閣大学士の張居正の補佐で立て直そうとしたが失敗。

第十七代崇禎帝の時代に、李自成らによる反乱で北京が陥落。明は滅亡した。

さらに、中国東北地方に住んだツングース系の女真人は自らの地域をマンジュ(満州)と呼称し清朝第一代ヌルハチのもとで独立。
ただし、彼は国名を清ではなく後金(アイシン)としていた。

ヌルハチは八旗と言う旗人からなる軍事組織を組織。その基地を旗地と呼ぶ。
また、漢人のみで構成された軍を緑営と呼んだ。
第二代ホンタイジは内モンゴルのチャハル部を平定。
国号をと改称した。


明代には宋代の穀物大生産地、浙江をしのぎ、湖広が台頭したため、
「浙江熟すれば天下足る」に代わり、「湖広熟すれば天下足る」となった。

日本銀・メキシコ銀の流入が多く、土地税と人頭税を一括して銀納する一条鞭法を行った。

新安商人・山西商人らの活動が活発で、各地に会館・公所が建設された。
景徳鎮の陶磁器は、染付・赤絵の技法が完成し海外輸出用として重宝された。

明代は儒学、中でも朱熹が大成した朱子学が主であったが、その完成された学問に、もはや発展性はなく、むしろ陸九淵が唱え、王陽明が完成した陽明学が流行した。
陽明学は心即理・知行合一を基本原理とし、至良知を悟りとした。

書物では、徐光啓が、マテオ=リッチとともに「農政全書」「崇禎暦書」を、
李時珍「本草綱目」を、宋応星「天開工物」を著した。

さらに、「水滸伝」「三国志演義」「西遊記」「金瓶梅」の四大奇書が成立した。

2008.04.03 Thursday

君が言うなら

I will go away directly you tell me to.

君が出て行けと言えば、すぐ出て行くよ。

2008.02.15 Friday

です。

No doubt I love you forever,
so please be my valentine.

2008.02.12 Tuesday

英文

Why can't you get it into your thick skull that you must shut that big mouth?





その減らず口を閉じなきゃいけないってことがどうしてわからないんだ?

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